七
月
作
凛子
そろそろだ
。
二
階
の
格子戸
に
背
を
預
けていたおたきは
、ひさびさの
胸
の
高鳴
りに
笑顔
を
隠
せず
、格子戸
に
手
を
懸
けると
、そっとその
下
の
軒先
を
見
つめた
。あいにくの
雨
に
、狭
い
宿場
の
通
りはまるで
傘
の
花
が
踊
っているようである
。これじゃ
、あの
人
が
来
るのを
見逃
してしまうじゃない
。と
おたきは
苛立
ちを
握
りこぶしにして
、
格子
を
叩
いた
。
旅籠
の
女中
のおたきは
、毎年
この
日
のこの
時刻
、この
場所
でそっと
向
かいの
軒先
を
眺
める
のが
恒例
になっていた
。十四歳
から
この
旅籠
に
来
て
奉公勤
めをしている
。お
給金
のほとんど
は
、兄弟
の
多
い
家
族
の
元
への
仕送
りだ
。もし
自分
がここをやめてしまったら
、家族
が
路頭
に
迷
う
事
になる
。身売
りをしたわけではなかったが
、この
体
はいつも
見
えない
紐
で
縛
り
付
けら
れているよ
うな
気
がしていた
。そんなおたきにも
、毎年楽
しみにしている
事
があった
。それ
は
・・・
「
あ
・・・
」
ふっと
傘
の
流
れが
引
いて
行
った
時
、一
つの
大
きな
傘
がふわりふわりと
往来
の
中
にやってき
た
。ちらりと
傘
の
下
に
覗
く
黒塗
りの
鞘
、素足
で
雪駄履
きでやや
大
またの
歩
き
方
。間違
いない
、
あの
人
だった
。おたきは
自分
が
見
ている
事
を
悟
られないように
、出来
る
限
り
障子
の
方
に
身
を
寄
せながら
、格子
に
顔
をつける
。そしてその
傘
はおたきが
見
つめる
軒先
へと
吸
い
込
まれて
行
く
。
雨
の
筋
と
軒先
が
邪魔
して
、
傘
をたたむ
所
が
見
えない
。
「
お
願
いよ
・・・
」
この
店
でいつも
花
を
一本買
って
行
くのがあの
方
の
恒例
だった
。同
じ
日
に
同
じ
場所花
を
買
う
など
、誰
か
親
しい
人
の
墓参
りなのだろう
。きっと
何
か
不幸
があって
死
んでしまった
恋人
なん
じゃないか
、とおたきは
想像
している
。おたきは
気
を
揉
みながら
店
を
凝視
していた
。知
らず
知
らずの
間
に
格子窓
に
顔
をつけていた
。
今花
を
買
っているのかもしれない
、
このままでは
、
顔
を
見
られずに
終
わってしま
う
。
とその
時
、
軒先
からふっと
人影
が
出
てきたように
思
うと
、
若
い
武士
が
姿
を
現
した
。年
の
頃
は
二十
か
二十一
、細身
ではあるが
肩
の
厚
みや
袖
から
覗
く
腕
は
筋骨逞
しそうである
。きれいに
剃
った
月代
に
小銀杏
に
結
わえた
髪
、細
い
眉毛
の
下
には
、涼
し
げな
目元
。顔色
はほんのりと
日焼
けをして
い
る
。若
い
侍
は
軒下
ぎりぎりまで
出
てくるとその
すっきりとした
目
を
細
め
空
を
見上
げた
。おたきの
心臓
が
大
きく
波打
った
。向
かいの
二階
で
見
下
ろしていたおたきには
、その
若
い
侍
の
視線
が
自分
の
方
に
向
けられている
気
がしたのだ
。そ
んな
事
はないと
思
いなが
ら
も
、心
のどこかで
視線
が
合
う
事
を
期待
してしまう
。しかし
、その
若
い
武士
は
主人
が
差
し
出
した
花
を
手
にするとすぐに
中
に
引
っ
込
んでしまった
。そしてしばら
くして
、
あの
傘
が
現
れ
、
他
の
往来
の
傘
の
中
に
溶
け
込
んで
行
ったのだった
。
「
おたき
ー
?」
女将
さんの
声
だ
。おたきは
持
っていたお
盆
を
胸
に
抱
えなおすとすばやく
立
ち
上
がった
。こ
れで
今年
もやっていける
。そして
来年
の
楽
しみがまた
増
えた
。また
来年
あの
方
に
会
えますよ
うに
。
もう
一度自分
を
呼
ぶ
声
がする
。
「
は
ー
い
」
おたきは
大
きな
声
で
返事
をして
、
声
の
方
へと
戻
って
行
ったのだった
。
何
もない
山間
の
少
しだけ
開
けた
場所
に
ぽ
つんと
墓
があった
。
花
を
持
ったあの
若
い
武士
が
、
まっすぐ
墓
に
近
づいて
行
く
。雨
は
少
し
大粒
のしとしととしたものに
変
わっていた
。傘
を
打
つ
音
も
重
たかった
。墓
の
前
で
足
を
止
めた
若
い
武士
は
、傘
を
閉
じるとゆっくりと
墓
に
視線
を
向
け
た
。そして
僅
かではではあるが
、少
し
青
ざめ
眉間
に
皺
を
寄
せた
。
墓
には
花
を
挿
す
筒
が
二
つあ
る
。その
片方
に
すでに
花
が
添
えられていたのだ
。若
い
武士
はしばらくそれを
見
つめた
。そし
て
、少
しうつむき
小
さくため
息
をつく
。そしてとてもゆっくりととてもていねいに
腰
を
落
と
し
、
持
って
来
た
花
を
空
いている
筒
に
挿
し
、
手
を
合
わせ
目
を
閉
じ
熱心
に
弔
った
。
とても
簡素
な
墓石
には
、立派
な
苗字
と
名
が
記
されていた
。本来
ならばこんな
寂
しい
場所
の
こんな
人目
のない
場所
に
葬
られるような
人
ではなかった
。自分
が
命
を
受
け
、それを
実行
しな
ければ
・・・
。
ゆっくりと
目
を
開
き
顔
を
上
げると
、頬
に
冷
たい
感触
が
走
り
、首筋
がざわついた
。そこには
雨
が
滴
りその
清
らかさと
鋭
さを
増
した
、
刀
の
切
っ
先
があった
のである
。
その
薄
く
鋭
い
刃
は
、
少
しでも
身動
きすれば
自分
の
首
を
飛
ばすように
据
えられている
。それでも
、その
若
い
武士
に
は
動揺
の
色
も
見
られなければ
、
それ
以上
動
く
気配
もない
。
「
何
ゆえここへ
来
る
」
若
い
武士
の
背後
から
、この
雨音
に
似
た
重
い
声
がした
。若
い
武士
はその
声
に
聞
き
覚
えがある
らしく
、
少
し
口元
を
緩
ませて
息
を
吸
った
。
「
やっと
会
えたな
」
若
い
武士
はためらいもなく
振
り
返
った
。刀
は
少
し
離
されたものの
、切
っ
先
は
若
い
武士
の
顔
面
を
捕
らえていた
。若
い
武士
はその
男
を
見上
げた
。年
はそれほど
変
わらない
。しかし
身
なり
は
粗末
で
髪
も
着物
も
手入
れなど
一切
していない
様子
の
浪人
だった
。ただ
無精
ひげのあるその
顔
の
表
关于同志近三年现实表现材料材料类招标技术评分表图表与交易pdf视力表打印pdf用图表说话 pdf
情
だけには
生気
があり
、
特
に
目
の
強
さは
人
を
圧倒
するだけの
威力
があった
。
「
も
し
、
時
を
同
じに
この
地
でお
主
に
会
えた
時
、
決着
をつけようと
思
っていた
」
「
その
為
に
毎年父上
の
命日
に
、
ここへ
花
を
手向
けにやってきていたというか
?」
訝
しげに
若
い
武士
を
眺
め
回
す
浪人
に
、表情一
つ
変
えず
頷
く
。
その
浪人
の
言葉遣
いは
、
もし
その
姿
を
見
なければ
、若
い
武士
と
幾分
の
変
わりもない
。若
い
武士
はその
浪人
に
ありし
日
の
姿
を
映
していた
。
「
という
事
は
、
お
主
は
今
まで
遅
かったのだな
・・・
もっと
早
く
出会
っていれば
、
お
主
の
本懐
はすぐに
果
たされ
た
」
浪人
は
訝
しげに
若
い
武士
を
見
た
。なぜこいつは
表情一
つ
変
えない
?
浪人
はずっと
昔
を
思
い
出
して
いた
。確
か
墓
に
花
が
手向
けられるようになったのは
次
の
命日
からだった
。という
事
は
この
男
はあの
日
から
、
あだ
討
ちを
覚悟
していたと
言
うのか
。
「
その
言葉
、
本心
なんだろうな
?
お
前
がここで
殺
した
父
の
前
で
誓
えるか
?」
若
い
武士
は
ゆっくりと
立
ち
上
がると
、すうっと
腰
を
落
として
柄
に
手
を
掛
けた
。その
間
も
浪
人
の
力強
く
威嚇
するような
鋭
い
刃先
はまるで
生
き
物
のように
若
い
武士
の
顔
を
捉
えて
離
さな
かった
。
「
二言
はない
」
「
ならば
望
み
通
りにしてやる
」
浪人
が
刀
を
振
り
上
げる
。刀
から
伝
い
落
ちていた
滴
が
、水
しぶきに
変
わった
。若
い
武士
も
柄
を
握
る
手
に
力
を
込
め
、真横
に
抜
き
、まるで
雨
を
断絶
するかの
勢
いで
刀
を
振
り
切
ったのである
。
「
聞
いたか
?
この
先
の
山
の
中
で
果
し
合
いがあったそうだ
」
旅人達
の
声
がおたきの
耳
にも
入
ってきた
。その
周
りに
居
た
人
々
がその
話
を
聞
こうと
言
い
出
した
男
の
方
を
向
いた
。
「
お
侍
が
一人死
んだようだよ
。
さっき
役人
が
引
き
上
げに
向
かって
行
くのを
見
たんだ
」
「
こんな
片田舎
でそんな
物騒
な
事
がねぇ
・・・
」
女中
がそういいながらおたきの
顔
を
見
る
。
おたきも
本当
に
不安
そうに
頷
いた
。
「
本当
よね
、いろんな
事情
の
人
たちがやって
来
るんだから
仕方
ないことでしょうけ
ど
・・・
」
その
話
が
盛
り
上
がる
中
、おたきはそっと
店
の
暖簾
の
外
に
目
をやった
。雨
と
風
で
揺
れる
布
の
先
の
向
こうに
、
戻
って
来
た
あの
方
の
姿
が
あればと
思
ったのである
。
「
おい
、
引
き
上
げられて
来
たみたいだぜ
」
小
さな
宿場町
の
道
が
騒
がしくなった
。役人
が
人
を
掻
き
分
けその
後
ろをがらがらと
荷車
が
通
ってゆく
。荷車
の
中
には
ムシロ
が
被
せられていた
。人
々
は
興味深
げに
、怖
そうにそれが
通
り
過
ぎるのを
見守
っている
。店
の
中
から
見
ていたおたきは
、不安
な
顔
をその
荷車
に
向
け
、ムシ
ロ
に
向
かって
手
を
合
わせた
。
これがあの
方
を
見
る
最後
の
機会
だったという
事
も
知
らずに
。
終
わり